
季節の移ろいが奏でる変化に富んだ自然と共存した暮らしを美しく表現した【~「雛」仁德コレクション~】の企画展示する源は、日本の歴史と四季の移ろいを花鳥風月などの風情に託して表した二十四節気七十二候から得たものも多くございます。
遠い昔から今に続く時の流れの中で、四季折々の暮らしを通し、日本人の繊細な美意識は磨きあげられてきました。その自然の恵みの美しい形や心躍る色彩を、人々は平安の昔から日々の暮らしの中に時として“美術”や“芸術”として取り入れてきました。
この先人たちの美しくも感性の研ぎ澄まされた生活の一端を現代に蘇らせ、古都の春夏秋冬を繊細優美に描きあげることで、未来へ続く人々の心の奥底に光を送り込むことに貢献できればとの想いから、【~「雛」仁德コレクション~】の企画展示の基本フレームは制作されております。
二十四節気(にじゅうしせっき)とは、一年を春、夏、秋、冬、の4つの季節に分け、各々をさらに六分割した二十四の期間に名称を付したものです。もともとは中国で考案されたものですが、現在でも当時のものがそのまま季節を示す言葉として広く使われています。中でも、夏至、冬至のことを二至と言い、春分、秋分のことを二分と言い、この二つを合わせてニ至二分と言います。また、立春・立夏・立秋・立冬を四立と言い、ニ至二分と四立を併せて八節と言います。
古代中国では太陰暦と言って、月の運航に基づく暦を使っていましたが、太陽の位置とは関係がないため、季節変化にずれが生じて農耕に大変不便なものでした。そこで太陽の運航を基にした二十四節気を暦に取り込み、季節のずれが1ヶ月程度になったときに閏月を入れて修正をしたことから、太陰暦を太陽暦で修正をした太陰太陽暦が出来、現在に続くこととなりました。
このような歴史的な背景もあり、二十四節気は、考案当時の文明の中心であった黄河の中・下流域の気候を反映していますので、寒冷大陸的であり日本のように湿潤海洋的な気候とは、多少感覚的なずれがあります。
七十二候(しちじゅうにこう)とは、二十四節気の各一気を三つに分け、各々の時候に付した名称のことを言います。一候はおよそ五日となり、五日ごとの時候の移り変りを短い言葉で表したものです。
すなわち「候」とは、一年を七十二に分けた時節の名称のことで、その起源は古く、紀元前770年頃の中国で作られたものと言われています。日本へは中国からの暦の伝来とともに伝えられ、奈良・平安時代に使用された最初の暦に記載されたようです。当初は中国から伝わった名称をそのまま使用していましたが、日本の季節とのずれがあり、江戸時代に易学者らが日本の風土に合わせて大修正を施したと言われています。